Designer's List/デザイナー一覧


A

(1902-1971)デンマーク

北欧デンマークを代表する建築家で、スカンジナビア航空ビルなどで知られています。 1950年にフリッツ・ハンセン社との共同作業を開始し「アントチェア」「セブンチェア」という両方合わせて世界で約600万脚を発売する北欧デザインの象徴ともいえるプロダクツを残しました。さらに『ルイス・ポールセン』社との共同作業で作られたランプの数々は今でも同社の定番モデルとなっている事からもわかるように、ヤコブセンのデザインは普遍的な美しさが魅力です。


(1918-2002)イタリア

ミラノ工科大学の建築学科を卒業後、1944年からピエール・ジャコモとともに建築家・デザイナーとしてキャリアをスタートしました。1962年のフロス社創設にデザイン部門責任者として兄弟で参画。新しいテクノロジーと多様な素材を用いて家具や照明、都市計画に至るさまざまな世界で実験的なフォルムと伝統的なフォルムを表現し続けました。 イタリアデザインのマエストロ、革新的工業デザインのパイオニアなど、賞賛の言葉とともに世界的に高い評価を得ています。


(1898-1976)フィンランド

1898年フィンランド生まれ。20世紀の北欧を代表する建築家・デザイナー。1921年ヘルシンキ工科大学で建築を学んだ後、エリエル・サーリネンに従事。プロダクトデザインとしては、イッタラ社のベース、プライウッドの椅子のシリーズが有名。フィンランドの風土や伝統の中に近代的感覚をいれた作品を多く残し、世界のミュージアムの永久保存品となっている作品も多い。


B

(1914-1972)デンマーク

1942年、デンマーク王立美術大学家具科を卒業後、コーア・クリントの事務所で働くとともに、王立美術大学でクリントの下で教鞭をとる。デンマーク生活協同組合の家具会社F.D.Bのためにデザインされた「シェーカーチェア」は ボーエ・モーエンセン の友人であった ハンス・J・ウェグナー の「Yチェア」の原型になったと言われています。 ボーエ・モーエンセン は常に大衆を視点にデザインし、デンマークの家具デザイナーの中でも、ひときわ美しく丈夫で長持ちする家具をデザインし続けたのです。アメリカのシェーカー家具やスペインの家具からその範をとり、今日の日常生活に使う堅実な椅子を残した。


C

(1868-1928)スコットランド

設計事務所で働きながら、グラスゴー美術学校の夜間でデザインとアートを学んだ。自然と造形の調和を求めた建築とアール・ヌーボーの影響を受けた独創的なスタイルで、現在のグラスゴー美術学校を設計。当時ヨーロッパで関心が高かった日本やケルト美術を取り入れた独自の作品を残している。代表作にグラスゴー近郊の住宅「ヒルハウス」とその寝室のためのハイバックチェア「ヒルハウス」、喫茶店「ウィロー・ティールーム」と椅子「ウィロー」などがある。


(1907-1978 Charles)(1912-1988 Ray)アメリカ

日本では、「ミッドセンチュリー=イームズ」と捉えられるほど1950〜60年代の工業デザインの代表格。1940年にレイがクランブルック芸術アカデミーに入学した際、共同作業を行ったことをきっかけに活動し始め、結婚しました。当時の最先端素材、FRPを使ったシェルチェアや、接着合板を使うことで三次元加工されたイスは、近代工業デザインの一つのエポックに。人々の生活を豊かにしたいという信念の元、大量生産による良質な工業製品を数多く流通させました。


E

(1935~)アメリカ

エリック・ファイファー はサンフランシスコで活躍しているデザイナー。 シンプルでいて力強いフォルムのプライウッド家具を多くデザインしている。1997年に開催された「 イームズ とそのかなたに(Eames and Beyond )」展に彼の作品が出品され、現在4作品がサンフランシスコ近代美術館の永久コレクションに加えられている。プライウッドファニチャーは、ミッドセンチュリーの家具との相性も良く、世界の家庭で愛用されている。「つくる過程と精錬していくことが重要。減らすことによって、素材をよりまっすぐにピュアに表現することが可能になる。」


(1878-1976)アイルランド

アイルランドの裕福な芸術家筋の家庭に生まれ、1898年からロンドンのスレード美術学院で学びました。 1902年にフランスのパリに行き、コラロッシ・アカデミーとジュリアン・アカデミーで芸術を勉強しました。その後、日本の工芸家菅原氏のもとで漆工芸を学び、1922年に自分の作品を展示するためジーンデザイン・ギャラリーをオープン。 1937年、パリの博覧会ではル・コルビジェと一緒に仕事をしています。 スタイリッシュな作品が現在も不動の人気です。


(1932~)フィンランド

『スペーシーな感性』超未来的デザインからそう呼ばれています。1954年から1957年THE INSTITUTE OF INDUSTRIAL ARTS OF HELSINKI で、工業デザイン・インテリアデザインを学んだ後、1962年ヘルシンキに自分のスタジオを開設。その後、プラスチックを利用した斬新なデザインの作品を数多く発表。作品の評価はヨーロッパよりもアメリカで先行し、1968年にはパスティルチェアがアメリカの工業デザイン賞に選ばれています。


(1910-1961)アメリカ

クランブルック美術大学在学中にチャールズ&レイ・イームズと知り合い、1940年には共にオーガニック家具デザインコンペに応募し、プライウッドを使った椅子・棚・机を出品し6部門中2部門で優勝しました。有名なジョン・F・ケネディ国際空港のTWAターミナルビルなど、流れる様な曲面の表現主義的スタイルの建築で一世を風靡。チューリップチェアに代表されるその曲線を用いた未来的なデザイン等、20世紀のアメリカを代表する巨匠の一人です。


F

Finn Stone

  • フィン・ストーン

(1971~)イギリス

イギリスでファイバーグラスファニチャーのリーダー的存在であり、その実力はヨーロッパ各地で認知されています。北欧デザインの巨匠、Verner Pantonに強く影響を受け、2000年より本格的にファニチャーデザインをスタートし、彫刻、陶器などのアーティストでもある彼らしい発想で様々な形のイス、テーブルをデザインしました。ボールチェアをきっかけに本国でLives Young Business Start Up Awardを受賞。 幅広くデザインを手掛ける注目のデザイナーとなりました。


(1912-1989)デンマーク

1912年デンマーク、コペンハーゲン生まれ。王立美術大学建築科でカイ・フィスカーに学び、ヴィルヘルム・ラウリッツェン建築事務所勤務のかたわら、キャビネットメーカー技術者、ニールス・ヴォッダーの協力を得て数々の名作を設計。家具デザイナーのみならず、幅広い建築も手掛け、国連の信託統治の会議室の優れたインテリア・デザインを手掛けることによって、世界中から注目を集めた。1945年に独立、その年から1955年までフレデリクスベアー工業専門学校でインテリアデザインを教え多くの学生に強烈な影響を与えた北欧の巨匠。


(1867-1959)アメリカ

ル・コルビジェ、ミ―ス・ファン・デル・ローエと並ぶ20世紀の3大建築家の1人です。ニューヨークのグッゲンハイム美術館やペンシルバニア州のカウフマン邸(落水荘)等が有名ですが、生産に800以上の設計をし、半分以上を形にしたライトは建物や住居だけではなく、家具やテキスタイル、照明やカトラリー、さらには景観までデザインしました。全体として統一した創造姿勢はデザインの領域を押し広げ、20世紀の建築と装飾芸術の発展に深遠な影響を与えました。ロビーチェア・バレルチェアは、現在もなお人気のデザイナーズ家具として有名です。


Florence Knoll Bassett

(1917-2019)アメリカ

「インテリア・デザイナー」という職業をアメリカで最初に確立したと言われています。Knoll社に多大な貢献をした女性デザイナー。正統派モダニストで、アイリーン・グレイ、 シャルット・ペリアン、リリー・ライヒなど、歴史的な女性デザイナーたちに比肩する実力派です。2002年アメリカの最高の芸術賞であるNational Medal Of Artsをブッシュ大統領から授与されました。ミース・ファン・デル・ローエ、マルセル・ブロイヤーらのアドバイス・親交のもとにノール社を創立しました。


G

(1908-1986)アメリカ

建築家であり、グラフィックデザイナーであり、インテリアプランナーでもあったジョージ・ネルソン。彼の作品は自己主張をせず清潔感があり、美しくシンプルで機能的です。ネルソンは1946年から約20年間、ハーマンミラー社のディレクターとして就任。イームズ夫妻やイサム・ノグチの才能を見出し、家具デザインに昇華させるなど、デザイン界に大きな貢献を果たしました。彼の代表作である「プラットフォームベンチ」は、クリーンな直線と清潔感が建築を想像させる作品です。


Grant(1922-1995)Mary(1943~)オーストラリア

グラント&メアリー・フェザーストーンはオーストラリアジーロングビクトリアで生まれたデザイナー。北欧の巨匠アルネ・ヤコブセンやフィン・ユールと同時代を過ごしたデザイナーで、オーストラリアではDIA(Design Institute of Australia)の永久メンバーとなっています。初期は照明・ガラスパネルを設計し、1951年にコンターチェアの1番目を生産しました。北欧モダンのデザインではありますが、ヴィクトリア朝の色合いを深く感じる事が出来ます。


(1888-1964)オランダ

父の元で修行後独立し、家具工場を経営。デ・ステイル運動のメンバーでもあり、近代建築および近代家具のデザインに強い影響を与えました。1918年には彼の代表作であるレッドアンドブルーチェアをデザイン。1923年にバウハウス展示会でこのレッドアンドブルーチェアは発表されました。1920年代には、実験的に繊維板・合板の家具をデザインし、景気が後退した時には、梱包用の木箱を使って低いコストでつくる家具もデザインしています。


(1912-1984)イタリア

1936年にアルテルーチェ社を設立し、オリヴェッティのオフィス、ミラノのツフォルツァ城、豪華客船などの照明を手掛ます。照明の技術面はセルジョ・アスティから教わり、1955年・56年と2年連続でコンパッソドーロを受賞。照明デザイナーとしての地位 を確固たるものにした。1972年にアルテルーチェがFLOS【フロス】社に買収されるまでの間、400点以上の作品を残し、デザイン照明器具に強い情熱を傾けたデザイナーです。


Gabriele Mucchi

(1899-2002)イタリア

イタリアのトリノで生まれたインテリアデザイナー・画家・グラフィックアーティスト・建築家。1927年から1934年までミラノ・パリ・ベルリンのスタジオ等で活躍。リアリズムの先駆者と称され様々な建築のデザインにも携わる。1935年には金属とレザーを組み合わせた代表作Genniを発表。幅広い分野で活躍していましたが、 1955年以降は絵画に専念しました。


H

(1915-1978)イタリア

1937年クランブルック美術アカデミーで、彫刻を専攻。1943年金属工房を設立し、ワイヤーを用いた音響彫刻をデザインしました。同時期に出会ったチャールズ&レイ・イームズに誘われ、家具製作を共同で行っています。1950年ノール社の協力により、スチールを使った家具の開発に専念し、1952年同社より、格子状のワイヤーを3次元局面 に加工したダイヤモンドチェアシリーズを発表。彫刻家でありながら、金属加工技術によってインテリア界に大きな貢献をしたデザイナー。


I

Isamu Noguchi

(1904-1988)アメリカ

1904年に詩人、浮世絵研究家である日本人の父とアメリカ人作家の母との間に生まれました。コロンビア大学で医者を志すと同時にレオナルド・ダ・ビンチ美術学校で彫刻を学びました。その後、ハーマンミラー社のディレクタージョージ・ネルソンに誘われ、1947年に代表作ノグチテーブルを発表。シンプルで微妙なバランス感覚が真骨頂です。また2005年7月には彼が生涯最後に手掛けた作品「モエレ沼公園」が、17年の時を経て完成。晩年まで多彩な作品を生み出しました。


(1921-2003)デンマーク

デンマークの王立美術大学を卒業後、インダストリアル・プロダクト及び工房家具の作品を製作。当時のデンマークの優れた職人の為のコンクール「スネーカーギルド」に出品し、スネーカーギルド賞受賞。他にもHOLMEGAARDSクラスコンペで金賞など数多くの賞を受賞。 代表作に1956年デンマークキャビネットメーカーズギルド発表のエリザベスチェア(IL-01.IL-03)がある。1958年に、エリザベス女王とフィリップ王子がコペンハーゲン滞在中にご購入されたことで話題になりました。


J

(1901-1984)フランス

1901年パリに生まれアールヌーヴォーの巨匠、「ヴィクトール・プルーヴェ」が父。 東フランス、ナンシーのアールヌーヴォーの環境の中で鉄加工技術を身につけます。1932年頃にアトリエを設立。パリで、ル・コルビジェ、シャルロット・ベリアンらと知り合い、1930年には彼らと現代芸術家組合(UAM)を設立しました。合理的で無駄の無い構造の家具を数多く手掛けました。ナンシー市の市長や大学の教授も務め、建築家としても活躍。


Jens Risom

  • ジャン・リソム

(1919-2016)デンマーク

デンマーク生まれ。コペンハーゲンにて工業デザインを学んだ後に1939年にアメリカに移住。ドイツよりNYに拠点を求めて渡米していたハンス・ノールと出会う。1941年にノールと共に3ヶ月に渡り世界を旅する。この後にKnoll社の為に15点の家具をデザインする。1961年には「プレイボーイ」誌において、アメリカの家具に革命をもたらしたデザイナーとして、イームズ・ベルトイア等と共に名を連ね、1996年デンマーク女王よりナイトの称号を受けた。


(1895-1941)フランス

アールデコ期に誰よりも早く洗練された家具をデザインし、独自のスタイルを確立したデザイナーです。トム・フォードやリード・クラッコフといったファッション・デザイナーたちも、こぞってフェイバリット・デザイナーとして挙げていることから、彼の偉大を知ることができます。 ファッション・デザイナーのエルザ・スキャパレリのために白い家具をデザイン、またジャン・デュナンとアメリカ人実業家テンプルトン・クロッカーのアパートの内装を手掛け、アメリカン・ヴォーグの'27年2月号で特集される。彼が再評価されたのは、70年代後半になってから。


(1870-1956)オーストリア

ウィーン分離派の中心メンバーの一人。20世紀始めにウィーン工房を主宰した人物。1899年以降、ウィーン芸術工芸学校で教鞭をとりました。アドルフ・ストックレーからブリュッセルの別邸(ストックレー邸)の設計を依頼され、ホフマン及びウィーン工房が装飾、家具、食器、庭園までをデザインし、クリムトが食堂の壁画を描いたことでも知られています。彼の様式は生真面目で、現実的なものになり、実用的なものに絞られていきました。また公的な役職を数多く歴任しました。


L

Le Corbusier

(1887-1965)フランス

20世紀の建築とデザインを語るうえで、外せない人物を挙げるとしたら、ル・コルビジェは間違いなく最上位に位置する人物。スイスに生まれ、フランス国籍を取得した彼はパリに個人事務所を設立。「住宅は住むための機械である」という理念の下、クリーンでモダンな建築を次々と発表しました。自らが設計した建築物の設備としてデザインした家具の数々はアルミニウム、スチールパイプなど、近代的な素材を用いた当時画期的なものであり、バウハウスという時代を代表する作品です。


M

(1899-1986)オランダ

オランダ生まれ。アムステルダムの製図学校を卒業。1922年ベルリンで建築家マックス・タウトのもとで働き、20年代後半ドイツ工作連盟展に参加、スイスの近代建築国際会議の創設に携る。1934年オランダに帰国し、公共建築を中心に設計、アムステルダムの応用芸術研究所所長、ヒュート・ヴォーネン研究所の協同創設者として活躍。東ドイツのドリスデン及びヴァイセンガー国立造形応用芸術学校長も務める。バウハウスを代表する建築家として知られている。


(1886-1969)ドイツ

今世紀最大の建築家、哲学者、芸術家、そして教育者。戦後ヨーロッパにおいて、彼はバウハウス最後の校長を勤めました。機能がカタチを決定するという近代工業デザイン、建築の巨匠として多くのデザイナーに影響を与えるなどミース・ファン・デル・ローエの功績は計り知れません。代表作「バルセロナチェア」は、バルセロナ万博でスペイン国王夫婦臨席のためにデザインされたものです。素材、製法、仕上げ、技術に完璧さを求めており、今日においても高く評価されています。


(1902-1981)ドイツ

ハンガリー生まれのマルセル・ブロイヤーは、バウハウス初代校長ピーター・グロビウスに才能を見初められ、1928年までマイスター(家具工房主任)としてデッサウで活躍。当初は木製布張りでしたが、代表作の「ワシリーチェア」に見られるような水平と垂直を基調にした構築的な作風となっていきました。自転車のフレームにインスピレーションを受けたと言われる、スチールパイプによるカンティレバー(片持ち)構造はマルセル・ブロイヤーがミース・ファン・デル・ローエ、マルト・スタムらと開発したものです。


Michele de Lucchi

(1951~)イタリア

イタリアフェッラーラ生まれ。1976年フィレンツェ大学建築学科卒業後、スタジオ・アルキミアに参加。1976年には、オリベッティ社のデザインコンサルタントに就任。1981年イタリアンデザインのニュームーブメント「メンフィス」を結成。現在はイタリア郵便局のインテリアデザインや、イタリア皮革家具メーカー「ポルトロナフラウ社」からの新製品発表など、建築・インテリア・グラフィック・照明・プロダクトデザインなど幅広く活動。イタリアデザイン界を代表する一人として国際的に活躍している。


N

(1920-1987)アメリカ

ニューヨーク生まれ。コロンビア大学で芸術を学び、卒業後2年間MoMAでインストラクターを勤めました。バウハウスの影響を大きく受け、グラフィックデザイン・建築・インテリア・工業デザインまで広く手掛けました。1957年に彼が考案したプレハブ建築設計工法がアメリカで正式採用されるなど、20世紀を代表する住宅建築家の一人。プライウッドを使った家具や収納のデザインでも知られるDIYの著書も多い。彼の代表作、チャーナーチェアはヴィトラ・デザイン・ミュージアムの永久保存に選ばれ復刻し話題となっています。


P

(1929-1980)デンマーク

ポール・ケアホルムは、家具職人としての修業を受けた後、1950〜1952年にかけてハンス・J・ウェグナーの事務所に勤務。その後、事務所勤務時に知己を得たコル・クリステンセン社の創業者E・コル・クリステンセンと家具の製造・販売において共働します。1955年に『PK-22』を発売したのをきっかけに『PK-20』『PK-31』など10種類の名作を次々と生み出しました。繊細なディテールと独特のオーラをもつその作品たちは今も多くの人々を惹きつけています。N PLUSでも多数のリプロダクト製品をピックアップし販売しています。


(1927-2009)フランス

50年代の先駆者でARTIFORTの歴史を育んできたデザイナーの一人。PAULINは1958年にARTIFORTデザイングループのメンバーとなります。そこで彼は、オブジェとしてのファニチャーを実現します。 まったく新しい構造であった、フォーム注入スチールやエラスティック布張りテクニックなどを生み出しました。世界に受け入られるようになるのに、時間はかかりませんでした。 PAULINのデザインで有名なオレンジスライスチェアは、N PLUSでも定番人気。


(1940~)ハンガリー

ハンガリー・ブダペスト生まれ。1956年ハンガリー革命後、ドイツに移住しアーヘン大学にて建築を学びます。その後、ロイター通信社でデザイン部を率い、1968年に工業デザインの古典となったGarden Egg Chair(ガーデンエッグチェア)を設計しました。1972年には自身の会社である、Ghyczy Selectionを設立しました。 ユニークな発想とスタイリッシュなデザインは個性が溢れ、近未来を予感させる先進的なファニチャーです。


(1949〜)フランス

パリのカマンド装飾美術学校に学び、卒業後は、ピエール・カルダンのメゾンに入社、アートディレクターとしてスタートし、1972年までつとめる。その後、さまざまなレストランやクラブ、カフェのインテリアを手がけて人気を集め、1979年アメリカにスタルク・プロダクツ社を設立。1982年ミッテラン大統領の目に止まり、エリゼ宮のプライベートスペース内装を担当した事で一躍注目を浴びる。日本では、1998年にセブンイレブン向け文房具を出し、話題になったのは記憶に新しい。


(1923-2001) デンマーク

完璧主義を追い求める建築家グループに属していたポール・M・ヴォルザーは家具のデザインや機能性においても完璧を求めました。その信念に基づいて作られた彼の作品は、どれも異素材を巧みに用いた構築的なフォルムが特徴的です。優れた素材とシンプルさをこよなく愛し、一過性の流行や思い付きの軽薄さを否定した彼の傑作であるコロナチェアは他のものと一線を画しています。 北欧デザイン(木製家具)の流れを組む要素を含んだものです。


(1894-1967)デンマーク

北欧デンマークの女優アグネス・へニングセンを母として、コペンハーゲンに生まれた。伝統的な機能主義建築を自らのスタートとした後、照明分野・文筆活動・ジャーナリスト・作家としても活躍している。ルイスポールセン社とのコラボは1925年に始まり、1967年に亡くなるまで続く。またポール・へニングセンは、ルイスポールセン社の広報誌 「NYT」 の最初の編集者となった。 照明のデザイン史上に永遠に残るデザインは、現在もなお愛され続けている。


R

(1891-1982)フランス

1891年、フランスのパリに生まれる。1908年から1914年までパリで建築を学び、その後ロンドンとフランクフルトで実務経験を積む。1929年、ル・コルビジュ、ロベール・マレ=ステヴァンらとともに、現代美術家連合(UAM)を創設。論文の出版や展示会などを通じて、モダニズムの概念を広げる。フランスの家具界にスチール パイプを取り入れたパイオニア的存在でもあります。代表作Sandows Chair/サンドウズチェア、デスク等。


S

Salvador Dalí

  • サルバドール・ダリ

(1904-1989)スペイン

スペインのカタルーニャ地方フィゲラスで生まれた。少年時代から絵画に興味を持ち、画家ラモン・ピショット(ピカソの友人でもあった)から才能を認められた。 ダリは自分の制作方法を「偏執狂的批判的方法 (Paranoiac Critic)」と称し、写実的描法を用いながら、多重イメージなどを駆使して夢のような超現実的世界を描いた。1948年にスペインに帰国。ポルト・リガトに居を定めて制作活動を行った。 絵画だけではなく彫刻やオブジェなど、さまざまな作品を残した。


(1967~)アメリカ

アメリカ、カンザス州生まれ。School of the Art Institute of Chicago、Rietveitd Academie、Domus Academyでデザインや建築を学び、トム・ディクソンやジェームズ・アーヴィン、エットーレ・ソットサスなどのスタジオを経てミラノにdix designを設立。 MoschinoやHarrods、Fiorucci、Byblosなどの仕事を手掛ける。現在では、DIX COLLECTIONのデザイン・開発を行いながら、店舗デザインやブースデザインなど、建築・インテリアデザインを行っている。N PLUSは日本国内で最大の取り扱い数、多数の販売実績があります。


Sori Yanagi

  • 柳 宗理

(1939-2011)日本

グラフィックデザイナー、イラストレーターとして活動。国際グラフィック連盟(AGI)会員、東京ADC(アートディレクターズクラブ)委員JAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)理事、毎日広告賞審査委員などを務めた。柳 宗理は戦後の工業デザインの基礎を築いた一人。机上のデザインではなく、手を使って生まれる氏のデザインは、国際的な評価も非常に高い。1956年に発表された、柳 宗理の代表作、バタフライスツールは多くの美術館に収集されている。


N

Takeshi Nii

  • 新居 猛

(1920-2007)日本

ニーチェアのデザイナーで世界が認めた家具デザイナー。新居猛がデザインしたニーチェアシリーズは1970年にニューヨークの近代美術館『MoMA』の永蔵品に加えられました。また日、米、英、独、仏、伊の6カ国で特許を取得し、製造から30年以上経った現在でも人気は衰えることなく、ロングセラーを続けています。日本でも『グッドデザイン賞』に3度輝きました。また、海外に20万脚、国内80万脚という圧倒的な出荷数を数え、日本が誇る名作家具の一つです。


V

(1926~1998) デンマーク

コペンハーゲンの王立美術アカデミーで建築を専攻。アルネ・ヤコブセンの建設事務所で働き、1955年にパントン自身の建築デザイン事務所を設立しました。ルイス・ポールセン社、フリッツ・ハンセン社、ヴィトラ社などから照明や家具など多くの作品を発表しました。1960年に発表された名作「Panton Chair」は、世界初のプラスチック一体成型の椅子として現在でも高い評価を得ています。 今も絶大な人気を誇るデザイナーとして影響力は計り知れないです。


(1920~2007) イタリア

ミラノ生まれ。ミラノ工科大学にて建築を学ぶ。1945年の卒業と同時に父のオフィスに入所。都市設計、インテリアデザインを手掛ける。後に家具や照明などインテリアプロダクツの設計も開始。早くからプラスチック素材に着目した、イタリア人デザイナーとして知られています。アルテミデ、カッシーナなどとのコラボレートによって生みだされた製品による受賞歴も多数。椅子からオフィスビルに至るまで彼のデザインした造形物が、今日のデザイン業界に与えた影響は計り知れません。マラルンガは名作中の名作。


W

(1900〜1990)ドイツ

1900年ドイツに生まれる。幼少期からドローイングを学んでいたが、1923年よりバウハウスに入学。モホリ・ナギの課題にて照明Wa24(Wagenfeld Lamp)をデザイン。ガラスの支柱に電源コードを入れる事で、工業製品が持つ潜在的な美しさを表現した。この作品は後に製品化され成功を収めることとなる。1930年にメトロポリタン美術館で開催されたコンテンポラリー、インダストリアルアート展に作品が出品されてアメリカの工業デザインに大きな影響を与えた。


(1919~2006) アメリカ

1919年アメリカ、ボルティモア生まれ。1942年コーネル大学建築学科大学院卒業。1945年レイモンドローウィー事務所に入社。ワシントンDC ダレス空港、リンカーンセンターなどのデザインに参加。1960年エーロ・サーリネンの事務所に入り、家具製作も手がけた。1966年Knoll社より細いワイヤーからできた椅子シリーズ、「プラットナーコレクション」を発表。その優雅で、デコラティブなデザインは彼自身の代表作となる。アメリカ建築家協会国際大賞受賞するなど、アメリカを代表するデザイナーの一人。